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秋田地方裁判所 平成2年(ワ)140号 判決

原告

高坂義秀

右訴訟代理人弁護士

白澤恒一

被告

右代表者法務大臣

田原隆

右指定代理人

大橋弘文

外五名

主文

一  被告は、原告に対し、金一一〇万円及びこれに対する平成二年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一・第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金一〇七八万五六九三円及びこれに対する平成二年六月一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  競売の経緯等

(一) 債権者訴外龍ケ崎信用金庫(以下「訴外信用金庫」という。)、債務者訴外特産プラント工業株式会社、所有者訴外飯島猛(以下「飯島」という。)間の秋田地方裁判所本荘支部(以下「執行裁判所」ともいう。)昭和五八年(ケ)第七号不動産競売事件(以下「本件競売事件」という。)において、同支部裁判官は、昭和五八年三月二五日、別紙物件目録(一)記載の土地(以下(本件土地)という。)について、不動産競売開始決定を行った。

(二) 同支部執行官訴外A(以下「A執行官」という。)は、本件競売事件について、執行裁判所の現況調査命令に基づき、同年五月一三日、現況調査を行ったが、その際、本件土地に隣接する別紙物件目録(二)記載の土地(以下「一番三の土地」という。)を本件土地と誤信し、一番三の土地の形状、占有関係その他の現況について調査(以下「本件現況調査」という。)を行った上、同年六月一三日、一番三の土地の現況を本件土地の現況とした現況調査報告書(以下「本件報告書」という。)を作成し、翌一四日これを執行裁判所に提出した。

本件報告書には、「本件物件中、概ね中央部は宅地とみてよく、西部は原野、北東部は山林とみた。山林といえる部分には、杉の他雑木がある。以上のような状況において所有者が占有。上記宅地部分には廃屋といってよい畜舎、その他物置小屋のようなものが数棟存在する。」との記載がある。

また不動産鑑定士訴外佐藤不二男(以下「佐藤評価人」という。)は、同じく執行裁判所の評価命令を受けて、同年五月一三日、A執行官に同道して本件土地の評価を行ったが、同様に一番三の土地を本件土地と誤信し、一番三の土地について評価を行い、同年六月一五日、その評価書(以下「本件評価書」という。)を執行裁判所に提出した。

(三) 原告は、昭和六三年六月二二日、執行裁判所に対して本件土地の買受けの申出をし、同月三〇日執行裁判所は原告に対する代金三七七万八〇〇〇円での売却許可決定をし、原告は、同年七月二七日、執行裁判所に対し右代金全額を納付して本件土地の所有権を取得し、同年八月一日その旨の所有権移転登記手続を経由した。

(四)(1) 原告は、本件報告書の記載、とりわけ廃屋の存在に関する記載から、客観的には一番三である土地を本件土地と誤信し、廃屋の存する土地として本件土地を買い受け、一番三の土地の土地上に存した廃屋を基礎として妻とともに別紙物件目録(三)及び(四)記載の建物(以下(本件建物」という。)を築造した。

(2) 原告は、その後、一番三の土地の共有者である訴外相原勝義(持分二分の一)、同柳澤政一(持分四〇分の一一)及び同斉藤昇(持分四〇分の九)の三名(以下一括して「本件共有者ら」という。)から、一番三の土地及び本件建物の明渡を求められ、平成元年一二月二一日、東京簡易裁判所において、本件共有者らとの間で次のような内容の和解が成立した(同庁同年(イ)第一一二六号)。

(ア) 原告は、一番三の土地及び本件建物(以下「本件物件」という。)が本件共有者らの所有であることを確認する。

(イ) 原告は、本件物件を何らの権原なくして占有していることを認め、本件共有者らに対しこれが明渡義務あることを認める。

(ウ) 本件共有者らは、原告に対し、平成四年一一月一日までその明渡義務の履行を猶予する。

(エ) 原告は、本件共有者らに対し、平成四年一一月一日限り本件物件を明渡す。

(オ) 本件共有者らは、原告に対し、明渡猶予期間中の賃料相当損害金等名目の如何を問わず何らの請求をしない。

(カ) 原告が(エ)の明渡を怠った場合、原告は、本件共有者らに対し、本件共有者らを連帯債権者として一日金一万円の割合による損害金を支払う。

(キ) 本件和解費用は各自弁とする。

2  被告の責任原因

A執行官は、被告の公務員であり、執行官として現況調査という公権力の行使に当たっていた者であるところ、本件競売事件につき執行裁判所から現況調査命令を受け、昭和五八年五月上旬ころ本件土地の現況調査を試みた際、同道した佐藤評価人が持参した本件土地に係る不動産登記法一七条所定の地図(以下「一七条地図」という。)の写し、登記簿謄本及び本件土地付近の住宅地図によっても、本件土地を特定するに至らなかった(以下「前回調査」という。)のであるから、本件現況調査を行うに当たっては、単に本件土地に係る地図だけでなくその周辺を含む広範な地図及び磁石等を用いて慎重に本件土地の所在を確認した上現況調査をすべき注意義務があるのに、これを怠り、漫然案内を受けた者の指示を軽信して、自ら確認することをせずに一番三の土地を本件土地と誤って現況調査をして、本件報告書を作成した過失により、原告に本件土地を買い受けさせ、一番三の土地上に本件建物を築造させたのであるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告に生じた損害を賠償すべき責任を負う。

3  原告の損害 合計金一〇七八万五六九三円

原告は、A執行官の不法行為により、以下の損害を被った。

(一) 本件建物築造費用等 計金四八〇万五七一六円

原告及びその妻高坂勢津子(以下「勢津子」という。)は、昭和六三年七月二七日から平成元年八月二〇日まで、自らの手で本件建物を築造し、以下の諸費用を負担した。

(1) 原材料、器具及び工具費等(引渡命令関係費を含む)

金 一一六万三七一〇円

(2) 交通費及び宿泊費

金 二一万九四七二円

(内訳)

(ア) 高速道路料金 三万〇〇〇〇円

(イ) 燃料費 一七万七八二二円

(ウ) 宿泊費 一万一六五〇円

(3) 労務費用相当額(逸失利益)

金 三四二万一九九四円

(内訳)

(ア) 原告 二五三万九三九八円

原告は、昭和六三年七月二七日から平成元年八月五日までの間、別紙作業日数表(一)のとおり、一六九日間本件建物の築造に従事したところ、原告は昭和一八年一〇月一五日生の男子であるから、この間、少なくとも賃金センサス昭和六三年第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の四〇歳以上四四歳以下の男子労働者の平均年収額である五四八万四五〇〇円(決まって支給する給与額三四万九四〇〇円、年間賞与その他特別給与額一二九万一七〇〇円)の一六九日分の収入を得ることができたものと解するのが相当であるから、原告の逸失利益は次の計算式のとおり、二五三万九三九八円となる。

5,484,500×169/365=2,539,398

(イ) 勢津子 八八万二五九六円

勢津子は、昭和六三年八月三日から平成元年八月二〇日までの間、別紙作業日数表(二)のとおり、一一七日間本件建物の築造に従事したところ、勢津子は昭和一九年一〇月一九日生の女子であるから、この間、少なくとも賃金センサス昭和六三年第一巻第一表の産業計・企業規模計・学歴計の四〇歳以上四四歳以下の女子労働者の平均年収額である二七五万三四〇〇円(決まって支給する給与額月一八万三三〇〇円、年間賞与その他特別給与額五五万三八〇〇円)の一一七日分の収入を得ることができたものと解するのが相当であるから、同女の逸失利益は、次の計算式のとおり、八八万二五九六円となる。

2,753,400×117/365=882,596

(二) 慰謝料 五〇〇万円

原告は一番三の土地を気に入って買い受けたにも拘らず、買いたくもない本件土地を買わされる結果となった上、本件共有者らから一番三の土地及び本件建物の明渡を求められ、その解決のため東京まで足を運ばなければならなかった挙げ句、本件建物の築造も徒労に帰し、平成元年三月二六日青森市内からここに転居してきたばかりなのに再度転居を強いられるなど、多大の精神的苦痛を被ったものであり、右苦痛を慰謝するには、五〇〇万円の支払をもってするのが相当である。

(三) 弁護士費用 九八万〇五一七円

よって、原告は、被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、金一〇七八万五六九三円及びこれに対する不法行為の日の後で、訴状送達の日の翌日である平成二年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実について

(一) (一)ないし(三)はいずれも認める。

(二) (四)の(1)は知らず、(2)は認める。

2  同2の事実について

同2の事実のうち、A執行官が被告の公務員であり、執行官として現況調査という公権力の行使に当たっていたこと、前回調査において本件土地を特定できなかったことはいずれも認めるが、本件現況調査について注意義務を怠ったとの点は争う。

民事執行法五七条による現況調査は、最低売却価格を適正に決定するため、競売不動産の現状と権利関係を把握するものであるとともに、その調査結果が買受けの申出をしようとする者の判断資料にもなるから、現況調査を命ぜられた執行官は、これを行うに当たり、現地に赴いてその現状を見分することはもとより、必要に応じて公図その他の図面を入手して現地と照合し、債務者(所有者)、債権者及び隣接地所有者らに質問するなどして、可能な限り正確に競売不動産の現況を把握するように努めるのが相当ではあるが、一方、執行制度を設営する国としては、迅速かつ経済的な執行制度を維持する義務があるのであって、競売の対象物件の形状、範囲、権利関係等を明確にするために、何年も歳月を費やし、対象物件の価額よりも遙かに高額の費用を掛けなければならないものとすれば、もはや債権者の権利の迅速な実現という執行制度本来の存在価値が失われてしまうことになるから、当該調査に関して、どの程度までの資料を収集すべきかということについては、かなりの程度まで執行官の合理的な裁量に委ねられているものと解すべきであり、結局、この点に関する執行官の過失の有無は、右裁量に著しい不合理があるか否かに懸ると考えるのが相当である。

本件現況調査において、阿部執行官は、本件土地の一七条地図の写し、住宅地図、登記簿謄本を入手した上、昭和五八年五月上旬ころ、佐藤評価人を同道して現地に赴いたが、これら資料だけでは本件土地を特定することができなかった。その後、A執行官は、本件土地が国土調査実施区域であったことから象潟町役場職員から事情を聞くなどすれば本件土地特定のための手掛かりを得ることができるかも知れないと考え、同月一三日、佐藤評価人らを同道して、象潟町役場を訪れ、現地の状況に精通していると思われる職員の案内で現地に赴き、目視できる範囲で現地と一七条地図の写しを照合して、現地の地形が地図と合致していることを確認した上、右職員に案内された土地上に廃屋が存在し、それが構造等からみて畜舎だと認定でき、かつ、登記簿謄本の記載から以前牧場を営む会社が本件土地の所有者であり、現地での、右職員の説明にも高度の信用性が認められると考えたことなどから、案内された土地が本件土地であると判断したものであって、本件土地周辺が山林で境界標もほとんどないような場所であったことも併せ考えれば、本件現況調査におけるA執行官の物件特定のための手段、方法、判断は相当、かつ、合理的なもので、過失があるとはいえない。

また 仮に 原告が本件報告書の写しを閲覧したことによって一番三の土地を本件土地と誤信して本件土地を買い受け、一番三の土地上に本件建物を建築したとしても、原告には競売物件の買受人としてなすべき調査義務の懈怠があるから、A執行官の本件現況調査と原告の本件土地の買受け及び本件建物の築造との間には相当因果関係があるとはいえない。

すなわち、現況調査報告書の写しを執行裁判所に備え置いて一般の閲覧に供する目的は、競売物件の現況とそれをめぐる法律関係のあらましが分かるようにし、買受人が買受けの申出をするに当たっての参考資料を提供するにとどまるのであって、競売物件がどこにあるのかまで確定するものではなく、このことは、各裁判所の窓口あるいは競売の受付等にリーフレットを備え付けるなどして買受け申出をしようとする者に対しても明らかにされている。

そして、一般に土地を取得しようとする者は、当該土地の現況、権利関係、境界等の調査、確認を行う必要があるとされており、このような調査義務を負うのは、競売物件を買い受けしようとする者も同様であるところ、本件土地周辺のように現況が山林で、かつ、広大な土地の場合は、登記簿記載の地積と実際の面積が食い違うことが多く、その上、公図等の表示及び現地調査だけでは、現地を特定し、境界を確認することは困難であるばかりか、本件報告書で本件土地とされた一番三の土地には、廃屋とはいえ旧建物が存在していたのであるから、本件土地を買い受けしようとした原告としては、現況調査報告書の写しや公図(本件では一七条地図)の閲覧だけではなく、旧建物の登記の有無について登記簿で確認し、建物の所有者が誰であるかということをも含めて、隣地所有者等関係者からの事情聴取や現地の境界標の存在理由を確認するなどの細心の注意を払って調査すべきであったにも拘らず、実際は、原告は、A執行官らの調査結果を単に鵜呑みにしただけで、一番三の土地を本件土地と誤信したのであるから、原告には買受人に要求される調査義務を尽くさなかった過失があるというべきである。

3  同3の事実は知らない。

三  抗弁

民事執行における執行裁判所の処分は、債権者の主張、登記簿の記載、その他記録に顕れた権利関係の外形に依拠して行われるものであり、その結果として、権利関係や事実関係について実体との不適合が生ずることがないとはいえないが、これについては執行手続の性質上、民事執行法上の救済手続により是正すべきものとされているところであって、執行法上に救済手続が予定されているときは、特段の事情のない限り、権利者が右手続による救済を怠ったため損害が発生したとしても、国に損害賠償の責任はないというべきである。

そして、原告が、本件競売事件において代金を納付した昭和六三年七月二七日以前に本件土地と一番三の土地との誤信を認識するか、あるいは認識し得たなら、民事執行法七五条の類推適用により、これを理由に執行裁判所に対して売却許可決定取消しの申立てを行い、執行裁判所から売却許可決定の取消しを受けて保証金を取り戻せるものと解されるところ、原告が右誤信を認識するか、あるいは認識し得たのは、隣接地の所有者訴外梶原兼蔵から本件土地と隣接地の境界等を聞いた時であって、その時期は、原告が本件土地の買受け申出をなし、保証金を納付した昭和六三年六月二二日から売却許可決定を受けた同月三〇日(遅くとも代金を納付した同年七月二七日まで)の間であるから、原告は民事執行法による救済手続を採ることが可能な時点で既に右誤信を認識していたかあるいは認識可能であったというべきで、原告は右救済手続を採ることを怠ったことになり、被告に対し損害賠償を請求することはできない。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因1について

請求原因1(競売の経緯等)の事実のうち、(一)ないし(三)(本件競売事件の開始、本件現況調査等、原告の買受け)及び(四)の(2)(和解)は、いずれも当事者間に争いがなく、(四)の(1)(本件建物の築造等)は、〈書証番号略〉並びに同尋問の結果により認めることができる。

二請求原因2について

1  請求原因2(被告の責任原因)の事実のうち、A執行官が被告の公務員として、本件現況調査に際し公権力の行使に当たったことは当事者間に争いがないから、以下同執行官の過失及びそれによる結果の発生について検討する。

前回調査において本件土地を特定するに至らなかったことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び前判示一の事実に、〈書証番号略〉、証人A(以下「証人A」という。)及び証人佐藤不二男の各証言、原告本人尋問の結果、検証の結果並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の各事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  本件土地及び一番三の土地は、もと訴外梶原治左エ門の所有していた秋田県由利郡象潟町洗釜字石坂一番の土地の一部であったところ、昭和四二年二月一八日同所一番一と一番二に分筆され、前者は更に同年六月二六日、本件土地と一番三の土地に分筆された。

本件土地は、右分筆前の昭和四〇年二月一〇日ころ訴外斉藤善雄ら三名に売られた後、右分筆後の昭和四六年三月三日ころ、訴外有限会社鳥海牧場(以下「訴外会社」という。)がこれを買い受け、訴外会社は本件土地で牧畜業を営んでいたが、同社の経営が行き詰まった結果、本件土地は他に転々譲渡され、昭和四八年四月一三日ころ、千葉県柏市西町四番一八号に住む飯島がこれを買い受けた。同人は、昭和五五年二月二五日、訴外特産プラント工業株式会社を債務者とし、茨城県龍ケ崎市二八八一番地一所在の訴外信用金庫を根抵当権者とする極度額六〇〇万円の根抵当権を設定した(登記同年三月四日)。

一方、一番三の土地は、訴外会社の取締役の一人であった右梶原治左エ門が畜舎を建てて同様に牧畜業を営んでいたが、訴外会社の営業不振のため同人もこれを廃し、その後昭和四八ないし四九年に、いずれも東京都練馬区内に住む本件共有者らに売られたが、特に管理はなされず、右畜舎も廃屋化したまま放置された。

(二)  本件土地及び一番三の土地付近の状況は、概ね別紙図面第一図及び第二図のとおりで、西方にはほぼ南北に東日本旅客鉄道株式会社羽越本線と国道七号線が平行して通り、本件土地及び一番三の土地は同本線上浜駅付近の市街地から直線距離約一キロメートル(道路距離約1.7キロメートル)東方の山中にあって、深い雑木林になっている。

市街地方面から本件土地付近に至る道は、点(別紙図面第二図表示のもの。以下同様。)で北東方向に上る山道と南東方向に上る山道に分岐している。前者(以下「北側山道」という。)は、点で北方に進む山径と分岐し、そこから約四七メートル北東方の点が一番三の土地と秋田県由利郡象潟町洗釜字石坂一一番の土地(以下「一一番の土地」という。)との境界になっていて、「土門界」と彫られたコンクリート製の境界標が設置されており、点から更に約五四メートル北東方の点の東方に開ける一番三の土地は宅地化していて、前記梶原治左エ門の建てた畜舎跡の廃屋が存した。

後者(以下「南側山道」という。)は、点から約二〇〇メートル南東に進んだ地点(点)で北東方面に折れ、そこから更に約三五メートル北東方の点が一一番の土地と一番三の土地との境界になっていて、やはり「土門界」と彫られたコンクリート製の境界標が設置されており、点の一一番の土地の側は杉林、一番三の土地の側は雑木林になっている。そこから約一〇〇メートル東北東方の点付近が一番三の土地と本件土地との境界になっているが、約八〇センチメートルの高さで切断された木の切り株が存するのみで境界標識はなく、林相も両側とも雑木林であって相違はない。点の東方約一五〇メートルの点が本件土地と同所二番の土地(以下「二番の土地」という。)との境界になっていて、杉の木が佇立しているほか境界標は設置されていないが、林相はその東側が杉林、西側が雑木林になっている。点付近から本件土地上に建物は見られない。

(三)  執行裁判所は、昭和五八年三月二五日、訴外信用金庫の申立に基づき、本件土地について競売開始決定をし、同年四月二一日、執行官に対し本件土地の形状、占有関係その他の現況についての調査(報告書提出期限同年六月一五日)を、また佐藤評価人に対し本件土地の評価(評価書提出期限同年六月一五日)をそれぞれ命じた。なおこの際、執行裁判所が特に記載すべき旨定めた事項はなかった。

執行裁判所裁判所書記官は、A執行官に対し右現況調査命令書(本件土地の登記簿上の住所、番地、地目、地積が記載された目録が添付されている。)及び本件土地の登記簿謄本を、佐藤評価人に対し右評価命令書(同様の目録が添付されている。)をそれぞれ渡し、右両名は一緒に現地に赴くことにして日時の調整をした。

佐藤評価人は、予め秋田地方法務局象潟出張所に赴き、本件土地の一七条地図の写しを入手するとともに、本件土地上の建物の存否を確認したところ、登記されている建物は存しなかった。さらに、同評価人は、市販の本件土地付近の地図(縮尺二万五〇〇〇分の一のもの)等を準備した。右両名とも、遠方で協力は得られないとの判断から、本件土地の所有者飯島や本件競売事件の債権者訴外信用金庫に対しては連絡をとらなかったが、佐藤評価人は、登記簿の甲区欄に従前の所有者として訴外会社が記載されていることから、現地で近隣の人に尋ねれば所在は判明するのではないかと考えていた。

(四)  同年五月上旬ころ、A執行官と佐藤評価人は、前記現況調査命令書、本件土地の登記簿謄本、一七条地図の写し及び市販の地図等を持参して、本件土地に向かったが、途中の象潟町洗釜付近の集落で二、三の人に本件土地について尋ねたところ、いずれも知らないとのことであったので、当日は、それ以上の調査は断念して、そのまま引き返した。

(五)  A執行官は、本件現況調査にあたって、本件土地の登記簿謄本に昭和五三年六月一日付で国土調査により地積が訂正された旨の記載があったことから、本件土地に国土調査が実施されており、所在を確認するについて町役場に照会すれば何らかの手掛かりが得られるかも知れないと考え、前同様、予め本件土地の所有者や債権者、あるいは隣接地の所有者らに対しての連絡はとらなかった。

昭和五八年五月一三日、A執行官、佐藤評価人は、前回調査同様、現況調査命令書、登記簿謄本、一七条地図の写し及び市販の地図等を持参し、自動車で、先ず秋田県由利郡象潟町役場に赴いた。この際、佐藤評価人は磁石を準備していたが、A執行官は準備していなかった。

同役場において、A執行官が、受付の職員に前記現況調査命令書の物件目録を示して本件土地の案内を依頼し、右現況調査命令書等を一括して渡したところ、同役場建設課管理係長訴外斉藤良也(以下「斉藤係長」という。)から、「私はこの土地を知っているので、案内してあげる。」「牛を飼っていた所だからすぐ分かる。」と案内を引受ける旨の申出を受けたため、同係長を同道させ、その案内で本件土地に向かった。

斉藤係長は、市街地から東方に進んで点を経て点付近に阿部執行官らを案内し、実際には一番三の土地の土地上にある前記廃屋を指して、「以前、この土地で鳥海牧場が牧場をやっていたがいつのまにかいなくなってしまった。その後、管理する者がないから、このように荒れている。廃屋は牧場をやっていたころの建物である。」旨説明した。A執行官は、斉藤係長の右説明と本件土地の登記簿謄本の何代か前の所有者欄に鳥海牧場との記載があったことから、廃屋のある付近が本件土地で、廃屋を見た位置は南側山道の点よりやや東方で、南側山道より地図にない道をやや北に入った地点であるものと判断し、廃屋等の写真を撮影し、その付近の現況と一七条地図の写しとを照合するなどしたが、境界の確認等はできなかった。佐藤評価人も同様の判断のもとに、所携の磁石で方位を確認し、あるいは境界を示す標識を探したが見つからなかったものの、既に国土調査が実施されていることから、地形に関しては概ね間違いないと考えてそれ以上の確認は行わなかった。

(六)  A執行官は、同月一六日、飯島に対し、書面で本件土地の賃貸借契約について、その存否並びに存する場合の範囲、賃借人、期間、賃料及びその前払額、敷金その他を照会したが、回答はなかった。同執行官は同年六月一三日、本件土地の現況について、「概ね中央部は宅地とみてよく、西部は原野、北東部は山林とみた。山林といえる部分には、杉の他雑木がある。以上のような状況において所有者が占有。」「宅地部分には廃屋といってよい畜舎、その他物置小屋のようなものが数棟存在する。」と、また、調査の方法については、立入りと象潟町役場職員との面談と記載され、本件土地の登記簿上の所在、地番、地目、地積を記載した物件目録、見取図(本件土地付近の一七条地図の写しを貼り合わせたもの。なお、本件土地の南方に隣接する二番の土地から本件土地に向けて撮影した旨の記載がなされており、また、一番三の土地は、本件土地と接する東側の一部が記載されているものの、ないし、ないしの各点付近は記載されていない。)、斉藤係長の陳述(前記趣旨のもの。)、執行官の意見(「踏査したところによれば、現在、本件土地を使用、収益している状況になく、つまるところ前記の状態において所有者が占有しているとみた。勿論賃貸借はないとして報告する。」)、前記飯島に対する照会書、並びに前記廃屋付近の写真二葉を添付した本件報告書を作成し、翌一四日、これを執行裁判所に提出した。

佐藤評価人は、本件土地の一平方メートル当たりの価格を一一二円と評価し、登記簿上の地積をそのまま乗じて、本件土地の価格を六〇四万四〇〇〇円と評価し、同日付の本件評価書を作成して、翌一五日、これを執行裁判所に提出した。

(七)  執行裁判所は、本件報告書及び本件評価書等に基づき、同年八月二六日不動産の表示は本件土地の登記簿の所在・地番・地目・地積のとおりであり、不動産に係る権利の取得及び仮処分の執行で売却により効力を失わないもの及び売却により設定されたものとみなされる地上権はいずれも存しない旨の物件明細書を作成し、これを本件報告書及び本件評価書の写しとともに一般の閲覧に供し、また、最低売却価額を右評価額のとおり決定した。

本件土地は、入札に付されたものの買受申出人がなかったため、執行裁判所は、昭和六三年一月一四日、佐藤評価人に対し補充評価を命じ、同評価人は、一平方メートル当たり七〇円と評価し、登記簿上の地積を前同様乗じて本件土地を三七七万八〇〇〇円と評価する旨の同年二月一六日付の補充評価書を作成して、同月一九日、これを執行裁判所に提出した。執行裁判所は、右評価額をそのまま最低売却価額として定め、本件土地について、執行官に対し特別売却の実施を命じた。

(八)  原告は、青森県青森市内に住んでいたが、かねて自然の中で暮らしたいと考えていたところ、昭和六三年六月中旬ころ、たまたま秋田県本荘市を訪れ、新聞の折り込み広告を見て、本件土地が競売に付されていることを知り、秋田地方裁判所本荘支部に赴いて本件競売事件の記録を閲覧し、同支部執行官事務員訴外小田美和子(以下「小田事務員」という。)から、説明を受けたが、結局、記録に添付されている地図や執行官室備付けの住宅地図でも本件土地を特定できなかったため、小田事務員の指示により、自分で調べることにし、本件評価書に添付されている縮尺二万五〇〇〇分の一の地図、本件報告書に添付されている本件土地見取図及び廃屋の写真等の複写をとって、本件土地に向かい、実際には一番三の土地上にある右写真に撮影されている廃屋を見付け、これと右見取図を照らし合わせた結果、右廃屋のある付近の土地を本件土地と判断した。なお、原告はその際、及び廃屋の南方の境界標(「土門界」と彫られており、実際には一番三の土地と一一番の土地との境界にあたるもの。)を確認した。

(九)  原告は、右廃屋付近の景観がかねてより望んでいた生活にふさわしいと考えて買受けを決意し、同月二二日、執行裁判所執行官に対し、本件土地を三七七万八〇〇〇円で買い受ける旨申し出、保証金五〇万円を納付し、同月三〇日に売却許可決定を受けて、同年七月二七日、売却代金(保証金を控除した額)及び登録免許税等を納付して本件土地の所有権を取得し、同年八月一日、本件土地につき所有権移転登記を経由した。

(一〇)  原告は、保証金納付後、本件土地の電気、ガス、水道等について確認するため象潟町役場に赴いた際、本件土地の範囲についても併せて確認しようと考え、本件報告書に記載されていた斉藤係長に面会を求めたが不在だったため、本件土地の概要や近隣に状況を知っている人がいないか尋ねたところ、同役場の農業担当の職員から、「町を挙げて牧場をやったけれども失敗した。」「近くで牧場をやっている斉藤善雄という人がいるので、その人に聞いたら、大体分かるんじゃないか。」との答えを得たので、一旦、青森市に戻った後、残代金納付の前後ころ、右斉藤善雄方に赴き、同人に対し、「本件土地を買って住むつもりだが、大体の場所は分かるが、隣との境界は分かるか。」旨尋ねたところ、同人は、「おおよそのことは分かるけれども、当事者でないので、あとで問題が起きても困るから、責任をもってここまでだということは言えない。」「梶原兼蔵という人がすぐそこにいるから、あの人だったら分かるかも知れない。」旨答えた。

そこで、原告は、二番の土地の所有者である右梶原兼蔵方に赴き、同人に対し、本件土地と隣接地との境界を教えてほしい旨依頼したところ、同人から、点で「一番一の土地(本件土地)と二番の土地の境界である。」、点付近で「昔このあたりで本件土地と一番三の土地の土地を分けた。」旨それぞれ指示を受け、更に点付近で「南側はあの杉のあたりが境界になっている。」「北側の境界はあの杉のあたりだ。」などといった説明を受けた。

(一一)  原告は、同年七月ころから住居とするため廃屋の改築するとともに、廃屋の所有者からの苦情を危惧して小田事務員に相談した上、本件土地につき引渡命令を得た。その後、同年一一月中旬ころ、山形県酒田市内に居住する者から本件土地につき、農林省の開拓指定地であるから、飯島は、他に転売したり担保を設定したりすることは一切禁じられている旨主張する内容証明郵便を受け取り、右郵便の複写を秋田地方裁判所本荘支部に送付して相談したところ、A執行官は、小田事務員を介し、「正式の手続きを経ての競売だから放っておくように。」旨答えた。

原告は、平成元年三月ころ、家族とともに本件建物に転居してきたが、同年八月ころ、一番三の土地の共有者の一人である訴外斉藤昇から、「今お宅さんが住んでいる土地は私の土地だ。」旨の連絡を受けた。

(一二)  本件土地及び一番三の土地付近の一七条地図は、縮尺一〇〇〇分の一で、本件土地については四葉、一番三の土地については三葉に分かれている。これらは、国土調査法による国土調査に基づくものであって、土地の境界や道の方向、位置関係等は、概ね現状に即したものになっていた(ただし、第二図の点から北東方に進む道は、当裁判所の検証の時点((平成三年五月二八日))で、既に道路の形状を成しておらず、雑草の生えた原野状になっていた。)が、佐藤評価人は、秋田地方法務局象潟出張所で本件土地の一七条地図の写しの交付を受けると、これらを貼り合わせた上、縮小して複写し、A執行官にも渡した。阿部執行官が本件調査の際利用した右複写した地図の範囲は、概ね別紙図面第三図記載のとおりであり、ほぼ第二図の点より東方のみで、点やないし点付近は含まれていなかった。

2 ところで、民事執行法における現況調査は、競売対象不動産を特定し、その現状・権利関係を執行裁判所に把握させ、もって、適正な価格での不動産の売却に資することを主たる目的とするものであるが、それとともに、現況調査の結果である現況調査報告書の写しは物件明細書、評価書の写しとともに買受希望者の買受けの判断資料として一般の閲覧に供されるのであるから、現況調査に当たる執行官としては、買受希望者が対象不動産を他の不動産と誤認することのないよう対象不動産の特定をすべき注意義務を負っているというべきであり、また、その注意義務は、民事執行法が、適正な価格による不動産の売却を実現するため、期間入札執行制度を設けるなどして広く買受希望者を募ることを予定していることや裁判制度一般に対する国民の信頼を考慮すると、高度な注意義務と解するのが相当である。

前記認定事実によれば、A執行官は斉藤係長に案内されて点から北側山道に入り点に至って、同係長から廃屋を示されたのであるが、右北側山道は東北東ないし東方に向かって伸びた道で、点から先の部分は平成三年五月の時点では雑草の生えた原野状で道路としての形状を示しておらず、仮に、本件現況調査当時道路としての形状が保たれていたとしても、それは点で大きく北東方向に折れていたはずであるのに対し、A執行官が本件現況調査当時、斉藤係長から案内された地点と認識していた、南側山道の点よりやや東の地点(本件土地付近にある)に立ったととすれば、A執行官らが持参した一七条地図(写し)上、その付近の道(南側山道)は南東方向から北西ないし西方向に走っていなければないから、方位を確認しながら所携の地図と道路の現況を照らし合わせれば、斉藤係長に現実に案内された場所付近の道路が地図上の本件土地付近の道路とは異なることに気付き得たものといわなければならない。

そして、A執行官を一番三の土地に案内したのが象潟町役場の職員であること、本件土地の登記簿謄本には以前有限会社鳥海牧場との名称の会社が所有者であった旨の記載があり、一番三の土地上に畜舎の廃屋と認められる建物が存在していたこと、方位を考慮しなければ、南側山道を東南から北西方向に向かって点付近に至って本件土地に出るのと、北側山道を南西から北東方面に向って点付近に至って一番三の土地に出るのとは道の曲り具合が似ていること、本件土地付近は山林で付近に目印となる建物等がないことなどの事情を考慮すると、A執行官が斉藤係長の案内した土地を本件土地と信じ、それ以上の調査をしなかったことには無理からぬ点もあるといえるが、執行官が対象不動産の特定において負う注意義務か前示のとおり高度のものである以上、A執行官としては更に所携の地図に描かれた道路と現実にある道路の同一性について方位等で確認するなどして、慎重に案内された土地が本件土地であるかを吟味すべきであったといえる。

そして、前記認定のとおり隣接の二番の土地の所有者である梶原兼蔵は本件土地と一番三の境界点を知っており、また、本件土地の西側にある点付近の一七条地図にはA執行官らが現実に案内された道の記載があるのであるから、A執行官が、更に本件土地の所在を確認するため、本件土地ないし隣接地の所有者に照会したり、本件土地周辺のより広範囲な部分の一七条地図を入手して地図と現地の山道の方向ないし山道と土地の位置関係等を照会するなどすれば、点で誤って北側山道に入ったもので、斉藤係長が一番三の土地を本件土地と誤って指示したことに気付いたと認めるのが相当である。

してみると、A執行官には、現況調査において執行官に要求される義務を尽くさず、斉藤係長の指示を軽信して、それ以上に自ら本件土地の所在を確認する方法を採らなかった過失があるというべきであり、また、右過失行為により原告が一番三の土地を本件土地と誤信してその上に本件建物を建築したことは前記認定の事実関係に徴し、明らかである。

3 被告は、迅速かつ経済的な執行制度を維持する必要から、執行官の現況調査の資料収集には制約があり、その範囲は執行官の裁量に委ねられ、本件においてA執行官には裁量の逸脱がない旨主張するが、前示のとおり、同執行官の過失は、持参した地図と道路の現況の齟齬を看過したことに由来するものであり、また本件土地周辺のより広い範囲の一七条地図を入手する、あるいは隣地所有者からの事情聴取をすることもそれほど困難なことではないから、右主張は理由がない。

また、被告は、原告が、買受人として競売物件の所在を調査、確認すべき義務を怠ったのであるからA執行官の行為と原告における結果発生との間に因果関係がないと主張する。

しかしながら、前記認定の事実によれば、原告は、本件報告書の記載、殊に廃屋の写真によって、一番三の土地を本件土地と誤信したのであって、誤信の内容はA執行官のそれと同一で、前記認定の買受けに至る経緯をみても買受人として誤信するのも無理からぬところが大きいのであるから、因果関係を否定することは到底できない。

三抗弁(執行手続上の救済)について

不動産競売は、権利関係の外形に依拠して行われるため、実体的権利関係との不適合が生じることがありうるが、これについては執行法に定める救済の手続により是正されることが予定されており、特別の事情がない限り、権利者が右の手続による救済を求めることを怠ったため損害が発生しても、その賠償を国に対して請求することはできないものと解される。従って、同様に、原告が、本件競売事件において、売却許可決定前に売却の不許可の申出をし、あるいは売却許可決定後代金納付時までにその決定の取消しの申立てをすることができたにも拘らずこれを怠ったとすれば、国家賠償請求は理由がないとする余地があるところ、被告は、原告が代金納付時以前に本件土地と一番三の土地との誤信を認識するか、認識し得たから執行手続上の救済を受けられたことになる旨主張するので、以下これについて検討する。

まず原告が代金納付以前に右誤信を認識していたことについては、これを認めるに足りる証拠がない。原告が、誤信を認識しながらあえて買受けをする程の事情があったとは認め難く、原告本人が供述するとおり、平成元年八月ころ、一番三の土地の共有者から電話があった時に誤信を認識したとみるべきである。

次に、原告が右誤信を認識し得たかについては、右二に判示したとおり、一番三の土地付近の現況とこの付近の地図上の記載とを照合し、方位を確認するなどすれば、右誤信を認識する可能性は存したというべきである。

しかしながら、原告は、本件報告書の写真に撮影されていた廃屋というかなり明確な標識によって、一番三の土地を本件競売事件の目的物件であると判断したものであって、その判断はそれなりに無理からぬものと考えられるし、また、梶原兼蔵に境界を指示された点についても、仮にこれが代金納付前であったとしても、山林の境界の決定は必ずしも容易ではなく(この点は、被告も主張するところである。)、代金納付までの期間も限られているから、右梶原の言を根拠に、本件報告書の記載を信用した原告について代金納付前に誤信を認識し得たということはできない。

従って、抗弁は理由がない。

四以上のとおりであるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づきA執行官の過失によって原告に生じた損害を賠償すべき責任を負うものと言わなければならない。

五請求原因3(損害)について

1  本件建物築造費用等

原告が、一番三の土地上の廃屋を妻とともに自らの手で改築して本件建物を築造し、その後これが本件共有者らの所有であることを確認して明渡す旨の和解をしたことは前判示のとおりである。

(一)  原材料、器具及び工具費〇円

原告は、本件建物築造の原材料、器具及び工具費として金一一二万一一一〇円(一一六万三七一〇円から引渡命令関係費を除いたもの)を請求し、その根拠として〈書証番号略〉を提出しているものと解される。

ところで、右各費用はいずれも廃屋の改良費とみるのが相当であるところ、原告は、占有していた一番三の土地及び本件建物を本件共有者らに返還しているのであるから、民法一九六条二項により、価格の増加が現存する限り、本件共有者らの選択に従い、その費やした金額又は増加額を同人らから償還させることができるものと解される。したがって、原告が、右償還請求権を行使することができる範囲のものについては、本件共有者らが、いずれも無資力で回収が事実上不能でない限りは原告に損害が発生したとは認められない。結局、原告が損害として主張し得るものは、改良費が増価額を上回り、しかも、本件共有者らが増価額を選択した場合の差額が本件共有者らが無資力である場合の償還請求権の額ということになるが、無資力については、何ら主張立証がなく、また、改良費と現存する増価額との差額、本件共有者らによる選択についても特段の主張立証はない。以上によれは、原告の主張する原材料、器具及び工具費は、損害として被告に対し賠償を請求できるとは認められず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(二)  交通費 〇円

原告は、その居住する青森市内から、本件建物の築造のため一番三の土地まで自動車で往復したとして、高速道路料金三万円及び燃料費一七万七八二二円を請求し、その根拠としてそれぞれ〈書証番号略〉を提出している。

しかしながら、原告が、本件競売事件において対象となる物件を誤信することなく、本件土地を買い受けていたとしても、青森市内から本件土地すなわち一番三の土地付近に来ることはあり得たのであるから、これに要する費用は、右誤信と因果関係のある損害ではないといわなければならない(なお、実際にも、原告の請求している料金にはその主張する本件建物の築造作業期間前のもの、あるいは本件建物に転居したと主張している平成元年三月二六日以降のものも含まれており、また、原告本人尋問の結果によればその請求している燃料の一部は右築造作業のための往復以外の日常の使用等に費やしたこともあることが認められる。)。そして、本件建物築造のために頻繁に一番三の土地に来た分については、阿部執行官が現況調査を行うに際し、買受人が廃屋の改築のためこれ程頻繁に往復するであろうことを予見し又は予見し得たと認めるに足りる証拠もないから、右交通費を同執行官の行為と相当因果関係の存する損害と認めることはできない。

(三)  宿泊費 〇円

原告は、本件建物の築造のために宿泊したとして、その費用一万一六五〇円を請求し、その根拠として〈書証番号略〉を提出している。

ところで、右〈書証番号略〉は、その体裁及び記載に照らし昭和六三年七月二七日から翌二八日にかけて、二名が秋田県由利郡金浦町所在の共済ヘルスセンター金浦温泉に宿泊した宿泊費、朝食代等、電話電報代、奉仕料及び税の領収書であることが明らかであるが、原告が真に本件土地を買い受けていたとしても本件土地付近を訪れ、あるいはその近辺に宿泊する可能性はあり、したがって右宿泊費が直ちに一番三の土地と誤信したことと相当因果関係の存する損害とはいえない。

(四)  引渡命令に関する費用 〇円

〈書証番号略〉、証人Aの証言及び原告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和六三年七月、八月ころ、秋田地方裁判所本荘支部に赴き、小田事務員に対し、「行方不明の所有者が突然帰ってきて、自分の土地だと主張された場合、面倒なことにならないよう、法的な手続をしておきたい。」と言って、同事務員から不動産引渡命令の制度について教示を受けるとともに、申立書の作成のため司法書士を紹介され、同年九月ころ、司法書士に引渡命令申立書並びに確定証明及び送達証明の交付申請書、執行文付与申請書の作成を依頼し、その報酬及び印紙代として一万二六〇〇円を支払い、同月一三日、本件土地の引渡命令の申立てをし、同月二二日、三万円を同支部に予納して、実際には一番三の土地においてA執行官から右引渡命令の執行を受けたことが認められ、原告は、右合計四万二六〇〇円を損害として賠償請求する趣旨と解される。

ところで、右引渡命令の時期は、原告が本件建物の築造作業に着手したと主張する時期より後であり、また右認定事実に照らしても原告は後々の紛争を避けるべくいわば念のため右引渡命令を申し立てたことが明らかであり、右申立ては、執行官事務員の教示はあったにせよ原告自身の判断でなされたこと、真に本件土地を買い受けたとしてもこれをする可能性は存したことを併せ考慮すれば、右引渡命令に関する費用は、原告が、一番三の土地と誤信したことと相当因果関係の存する損害と認めることはできず(なお、右予納金は、概算額を予め納付するに過ぎず、余剰があれば返還されることもありうるのであるから、いずれにしても直ちに右全額が損害になるとは限らない。)、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

(五)  労務費用相当額 〇円

原告は、その主張する期間、原告及びその妻勢津子が本件建物の築造作業に従事したとして、その間の右両名の労務費用相当額を逸失利益として賠償請求している。

しかしながら、原告本人尋問の結果によれば、原告は、青森市内において、貸鉢業、喫茶店の経営及びアパートの賃貸を営んでいたが、本件建物の築造作業中、貸鉢業は事業を縮小していた上アルバイトを雇っていたこと、喫茶店は他人に任せていたこと、アパートは月末に賃料の集金に行けば済んだことから、いずれも特段の支障はなく、青森市内に戻って少しこれらの仕事をし、また築造作業に赴くという状態で足りたこと、勢津子は職に就いていなかったことが認められ、これらによれば、右築造作業によって原告の青森市内における収入にさしたる影響があったふしは窺われず、少なくとも現実に収入の減少があったことは認められない。また、勢津子についても、そもそも同女の損害について原告が賠償請求できるかの点はしばらく措くとしても、職に就いていなかったのはその意思によるものと認められ、右築造作業に従事したためにこれをなし得なかったとは認められないから、同女についても現実に収入の減少があったとは認められない。したがって、右両名とも、逸失利益の賠償請求をなすことはできないものと解するほかはない。

2  慰謝料 一〇〇万円

前記認定の事実によれば、原告は裁判所に備え付けられた本件報告書の写し等を依頼して、一番三の土地を本件土地と誤信し、妻とともに長期間にわたって自力で本件建物を築造し快適な住いを建築したと思った矢先に一番三の土地の所有者らから土地と建物の明渡を求められ、これに応ぜざるを得なくなって本件建物を失うことになったのであるから、その精神的苦痛は決して軽視できるものではなく、原告が本件土地の所有権自体を失ったわけではなく、これに居住することは依然として可能であること、その他、本件の審理において顕れた諸般の事情を総合考慮すると慰謝料として金一〇〇万円の支払を命じるのが相当である。

3  弁護士費用 一〇万円

原告が、本件訴訟の提起及び追行を原告訴訟代理人に委任したことは本件記録上明らかであるところ、本件と相当因果関係の存する弁護士費用は、右認容額、本件事案の性質及び内容、その他本件の審理において、顕れた諸般の事情を総合考慮すると、金一〇万円を認めるのが相当である。

六結論

以上によれば、原告の本訴請求は、金一一〇万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成二年六月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこの限度で認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、なお仮執行免脱宣言の申立てについてはその必要がないものと認めこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本博 裁判官松吉威夫 裁判官川本清巌)

別紙物件目録

(一) 所在 秋田県由利郡象潟町洗釜字石坂

地番 一番一

地目 山林

地積 五万三九六七平方メートル

(二) 所在 秋田県由利郡象潟町洗釜字石坂

地番 一番三

地目 山林

地積 五万六九四九平方メートル

(三) 所在 秋田県由利郡象潟町洗釜字石坂一番地三

種類 居宅

構造 木造亜鉛葺二階建

床面積 一階 60.00平方メートル

二階 60.00平方メートル

(四) 所在 秋田県由利郡象潟町洗釜字石坂一番地三

種類 倉庫

構造 木造亜鉛板葺二階建

床面積 一階 60.00平方メートル

二階 60.00平方メートル

((三)、(四)につきいずれも未登記建物)

(別紙)

作業日数表(一)

作業期間

( 年 月 日から 年 月 日まで)

作業日数

(  日間)

昭和六三

七・二七~七・三〇

八・三~八・一〇

八・一二~八・一五

八・二一~八・二七

九・二~九・六

九・八~九・一四

九・一六~九・二二

一〇・六~一〇・一三

一〇・二五~一〇・二八

一一・四~一一・五

一一・一七~一一・二一

一一・二六~一一・三〇

一二・七~一二・一二

一二・二一~一二・二八

平成元

一・九~一・一三

一・二一~一・二八

二・八~二・一〇

二・一四~二・一八

二・二一~二・二六

三・五~三・九

三・一五~三・一八

三・二三~三・三〇

四・一~四・二

四・二七~五・五

五・二三~六・三

一二

六・九~六・一四

六・二四~

六・二九~六・三〇

七・二一~七・二二

七・二四~七・二九

八・一~八・五

計 一六九

(別紙)

作業日数表(二)

作業期間

( 年 月 日から 年 月 日まで)

作業日数

(  日間)

昭和六三

八・三~八・一〇

一〇・六~一〇・一三

平成元

一・二一~一・二八

三・一五~三・一八

四・一~四・八

四・一一~四・一五

四・一七~四・二〇

四・二四~四・二八

五・一~五・三一

二〇

六・一~六・三〇

二二

七・一~七・三一

二〇

八・一~八・二〇

計 一一七

別紙

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